話題の尽きた日曜日


自分が相手の事が好きで、相手も自分の事を好きだとわかったら
恋なんて、勝手に走り出すものだと思ってた。




 うららかな日曜日の午後。
 成歩堂なんでも事務所の、居間兼客間兼事務所のソファー寝そべった成歩堂は、テレビに写し出されていた馬達の姿から目を離したところだった。手から零れ落ちて、床に放置された馬券が、新聞を赤々と塗りつぶしていた未来予想図を完膚無きまでに叩きのめしたという事実を物語っている。
 彼のテーブルを挟んだ向かい側のソファーには、二人の青年が談笑している。
 なにやら真剣に会話していたかと思えば、笑い声に変わる。酷く楽しげだ。
二歳しか違わない検事と弁護士の会話は、いわゆる芸能人の話だの幼い頃に読んだ漫画の話だのが主語の念頭で、成歩堂にはさっぱりわからない。
 これが司法の話とかいうのなら少しはついていけるんだがなぁと、普段あまり感じる事のない年の差を認識して、かなり面白くない。
 成歩堂は逃したレースと同様に、目の前の光景をも無かった事にするために、新聞を頭から被り目を閉じた。


「じゃあ、牙琉検事。俺は、下調べがあるんで出掛けて来ます。」
 そう言って鞄を片手に立ち上がった王泥喜に、響也は目の前の湯飲み茶碗を指さして笑った。
「僕もこれを飲んだら失礼するよ。」
「あああ、それは、無理に飲まなくてもいいですよ? 正直言って、ファミレスのドリンクバーから貰って来たものですし。」
 苦笑しながら頭を掻く王泥喜に、響也も『そうなんだ』と笑う。
「ありがと、今日は楽しかったよ。」
「ええ、俺も。今度はゆっくり司法の話しでも…っと、成歩堂さん! 行ってきます!」
 返事は無いが、新聞の横からゾンビのような動きで腕が上がった。呆れた表情でそれを見遣り王泥喜は出掛けていく。
 閉められた扉を暫く眺めてから、響也は成歩堂を振り返った。
 王泥喜との話しは確かに楽しかったが、実のところ響也が此処へ来た目的は成歩堂。彼に逢いたくて事務所へ足を伸ばしたのだ。
 
「成歩堂さん。」

 しかし、声を掛けても彼は新聞を頭から被ったゾンビになったまま動かない。その前は、馬に夢中になって(生活が係ってるそうだが)自分には構ってはくれなかった。
 話し掛けても生返事しか返ってこない状態は悲しい。
 身体で近付く距離ほどに、心は近付いていないのだ…と言われたような気がして、響也は溜息を付いた。
 
 互いに相手が好きだと気付いたのは、つい最近の事。
それでも気持ちがわかった後には、それなりの関係にもなっていた。
 しかし、成歩堂にとって(兄の事を考えにいれても)自分は未熟な若造で、全てに於いて、詰まらない相手なのかもしれない。そう考えると気持ちは落ち込むけれど、少なからず好きだと答えてくれたのだ。絶望的な状況ではないと自分を慰め、響也はソファーから腰を上げた。
 成歩堂の横に立ち、顔の当たりを見下ろす。

「じゃあ、僕も帰る。邪魔したね。」

 成歩堂の返事は聞かず、くるりと背中を向けた響也の腕を、ゲームの仕様さながらにゾンビが掴む。驚いた響也は反射的に腕を引き、成歩堂の頭を掠った肘はニット帽を床へと落とした。
 あっと声を上げた響也を気にすることなく、成歩堂は相手の身体に腕を回して、自分が寝ていたソファーに、体勢を入れ替えるように深く沈めた。
 よもや日中の、通行人も(疎らではあるが)確かに通り過ぎる道路に面した部屋で、鍵すら掛かっていない扉の前のソファーに押し倒されると思ってみなかった響也は、息を飲んで自分の肩を抑える男を見上げる。
 自分を見下ろす成歩堂の容姿は、帽子がない為か常よりも幾分若く見えた。
「成…歩堂…さん?」
 正直なところ、此処で行為に及んだ事がないとは言えない過去がある。
 でも、まさか…?
 意図を窺うように名を呼び、押し返そうと腕を伸ばせば、肩ではなく手首を握られ顔の横に固定された。その容赦のない強さに、響也はぞくりと身体を震わせる。

 ひょっとして、この男は怒っているのだろうか?

「響也くん。」
 にやりと成歩堂が口端を上げた。けれど響也を見据える目だけが嗤っていない。
「…なん…ですか?」
「王泥喜くんと随分楽しそうだったねぇ。」
 その台詞で、響也は成歩堂が怒っているのだと確信した。おデコくん…て!?
「アンタ…まさか嫉妬したなんて言い出すつもりじゃ…!?」
 勢い上半身を起こそうとした響也の身体を、それこそ体重を掛けて拘束する。決して逃がさない。このまま帰すつもりなどないと言外に告げていた。
  
 だいたいアンタが相手にしてくれないから、おデコくんと話しをしていただけじゃないか。そんな理不尽な話しがあるもんか!

 一息に捲し立てても、『大声出すと通行人に聞こえるよ』という最悪最低な答えが返ってきて、響也は口を閉じるしかない。これ幸いと成歩堂が唇を重ねてきた。
 応じるつもりのない響也は、唇を引き結んで拒んではみたものの、下から差し入れられた手のひやりとした感触にあっけなく侵入を許してしまう。
 鎖骨から首筋、耳の付け根に所有の痕を落とされた頃には、身体は陥落しかかっていた。腰を撫であげていた成歩堂の手がズボンを掴み、のっぴきならない状況になった事を悟ると、響也も最後の抵抗を試みる。
 必死で成歩堂の腕を掴んで服を開ける動作を遮った。やれやれ我が侭だなぁ。そんな言葉が耳元を掠め、漏れそうになる声を噛み締める。
「実際ね。
 九歳年下の男の子をどう扱ったらいいのかなんて、おじさんには未知の領域なんだ。ついていけないおじさんの為に、話題は抜きでスキンシップをとろうよ。」
 それでも左右に頭を振った響也に、苦笑したまま顔を顰める。
「僕のこと好きだって言ったのに、ショックだなぁ。」
 成歩堂の声には僅かだが真実が含まれている気がして、絆される。欲しいと告げる男に従っても良いのだ、この問題が解決すれば。

「………、アンタ…お嬢ちゃんに見られてもいいのかよっ…。」
「あ〜それは、性教育上良くないなぁ。」
 力を振り絞って伝えた言葉はなんとか異議申立を認められた。私室へ移る事が許可されて響也は安堵の溜息を付いた。


 中年のdelicate feelings (繊細な感情)は難しいと愚痴った響也が、察した茜にかりんとうをぶつけられたのは、次の日の出来事だった。


〜fin

…この二人がくっついたら、茜ちゃんは応援してくれのだろうかとふいに思いました(苦笑



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